2.大規模工事における「労働力編成」(島 和博)

はじめに

関西新空港の建設という巨大な建設・土木プロジェクトにおいて、どのような労働力が必要とされ、またいかにして調達され、そして編成されていったのかということを明らかにすることが、今回の調査の主要な目的の一つであった。しかしながら、今回の報告が、この目的を十分に累たしたものでないことをまず最初に断っておかなければならない。予想した以上に、データの整理に手間取り、分析はまだその端緒についたばかりである。試行錯誤の分析が現在も進められている。ここでは、今後の分析のための予備作業、あるいは「見取り図」として、この報告を提出する。

関空ターミナルビル建設工事に従事した1万有余の労働者のプロフィール・データ(労働者が現場に最初に入場するさいに記入した「新規入場者」リストに記載されたデータ)が私たちの手元にある。本節ではこのデータから、大観模な公共工事に従事した労働者群のおおまかな特徴と、その現場でのr編成」の輪郭を明らかにしたい。


[1]年齢構成から見た労働者(集団)の特徴

@年齢分布

 まず最初に、今回の調査対象となった関西新空港ターミナルビル建設工事に従事した労働者(12,148人)の年齢構成を見ておこう。無効なデータ(147人)を除いた12,001人の労働者の平均年齢は36.6歳(標準偏差は13.2)、最少年齢は15歳、最高年齢は66歳となっている。 しかし、この統計数値は労働者の年齢構成を正しく表してはいない。 (図1)は全体の年齢分布を示したものであるが、これを見ると、平均年齢を中心とした、20歳台後半から30歳台にかけてはむしろ分布の谷間となっており、それゆえ平均年齢は全体の代表値としては不適切である。 この分布のかたちに即して言えば、今回の工事に従事した労働者集団は、その年齢構成から見れば、20歳前後を中心とする「若年」労働者層と40歳台半ばを中心とする「中高年」労働者層の2層から構成されているというべきである。

  こうしたかなり変則的な年齢構成は一体何を意味しているのであろうか?たとえば、この2層の年齢集団は、その労働力の形成過程や「動員」経路、あるいは具体的な職種などといった側面において「同質」なものなのか、それとも全体が複数の「異質な」労働者集団から形成されているのか、という疑問が浮かんでくる。この点をもう少し立ち人って検対しておこう。

 上の年齢分布から予想されることの一つは、今回の調査対象となった労働者集団がいわゆる「新規学卒」の労働者「のみ」によって構成されているのではなく、かなり多くの「中途入職」の労働者がその内部に含まれており、その部分が(図1)における「中高年」層の「山」を形作っているのではないかということである 。このことを検討するためには、各労働者がいつ頃、建設・土木産業の分野に参入したのかということを示すデータが必要になる。今回の調査のデータ・ソースとなった「新規入場者」リストの質問項目には、「現場経験年数」を聞いた項目が用意されている。年齢と現場経験年数との差を求めれば、それが大まかにではあるが、各労働者の建設・土木産業分野への「入職時年齢」を表していると考えることができる。

A現場経験年数と「入職時年齢」

 (図2)は、新規入場者リストから得られた各労働者の「現場経験年数」の分布を示したものである。有効データ数は11,353で、平均「現場経験年数」は9.49年、標準偏差は9.33、最小値は0年(1年未満)、最大値は48年である。この図を見ると、5年、10年、15年…といった区切りのいい年数の度数が大きくなっているが、これは回答者の記憶の曖昧さによるもので、こうした過去の事柄についての質問に対する回答においてしばしば見られる現象である。この意味で、このデータは決して「正確な」ものとは言えないが、ここからでもおおまかな傾向は読み取れる。

 平均現場経験年数は9.5年と計算されているが、分布から見れば、全体を代表する値はもっと短そうである。ちなみに分布の「中央値」は6年(6年以上7年未満)であり、また「累積比率」で見ると、現場経験年数3年未満で全体の26.9%、5年未満でほぼ半数の49.6%を占めている。 すなわち、全体として見れば、分布は現場経験年数の短いほうに偏っているのであり、その意味で、経験の浅い「未熟練」あるいは「半熟練」の労働者の全体に占める割合が大きくなっていると言えるだろう。

 さらには、全労働者の平均年齢の36.6歳と比して、この経験年数は幾分か短めである。ここからも、今回の調査対象となった労働者集団が、その内部にかなりの割合で「中途入職」者を含んでいると予想されるのである。 そこで次に、先に述べた「入職時年齢」の分布を検討してみよう。

 次の(図3)は、各労働者の「入職時年齢」の分布を示したものである。平均入職時年齢は27.2歳、標準偏差は10.3、中央値は24、最少入職時年齢は14歳、最高入職時年齢は64歳である。この分布図を見ると、確かに18歳を中心とした「新規学卒」者と予想される入職者が最も多いことがうかがわれるが、同時に、中高年になってこの産業分野に入職している労働者の数も無視できない割合で存在していることもまた示されている。 たとえば、累積比率で見れば、14歳から22歳までのあいだに入職した労働者の比率は44.8%で、全体の半数に満たない。 それに対して、30歳以上の年齢で入職した労働者(これらの労働者は明らかに「新規学卒」者ではない)の比率が33%にも達している。 さらに注目すべきは、この非「新規学卒」入職者のうち、40歳以上の中高年になって建設・土木産業の分野に入職してきたと考えられる労働者の比率が14.9%であり、さらには、50歳以上のそれも6.1%存在するという事実である。

 先の、年齢分布の図からもわかるように、この建設・土木産業分野においては、一方では若年労働者が大量に流入しているが、同時に、20歳台後半から30歳台前半の人数の急激な減少からもうかがえるように(図1を参照)、短期間でこの分野から流出していく労働者が大量に存在していると考えられる。そして、この流出部分を補うようなかたちで、中高年の労働者が他の産業分野からこの分野へ不断に流入しているのではないだろうか。

 こうしたいわば「追加的な」労働者群は年齢に比して現場での経験年数が短い、未熟練あるいは半熟練の労働者であり、それゆえ、こうした労働者が担っている仕事の種類(職種)は当然にも熟練をあまり(あるいはほとんど)要しない「単純肉体労働」のそれであると考えられる。今回の調査の対象となった関西新空港ターミナル・ビル建設工事のような大規模な公共工事においては、きわめて多数の職種が必要とされるのだが(今回の集計によれば私たちの方で職種をかなり整理統合した後でも160種以上の職種がカウントされている)、こうしたさまざまな職種のうちの「単純作業」の部分を、これらの「追加的」労働者が担っているのだと思われる。このことを確認するために、ここで労働者の「職種」構成を確認しておこう。


[2]労働者の「職種」構成

@職種構成

 先にも指摘したように、この工事全体は160種を超える「職種」からなっている。しかし、そのうちの大部分の職種はそれに従事した労働者の数は少なく、またその作業期間も短く、工事全体に占めるそのウェイトは大きくはないと思われる。そこで、ここではこれらの職種のうち、従事した労働者の数が100人を超える職種だけを「主要職種」として個別に取り上げ、それ以外の職種は「その他」の職種として一括して扱うことにする。ちなみに、この26の「主要職種」に従事した労働者の人数は9,893人で、全調査対象労働者(12,148人)の81.4%を占めている。

 次の(図4)は、各職種に従事した労働者の数を集計し、グラフ化したものである。最も従事者が多い職種は「鳶工」で1,177人、ついで「鍛冶工」(861人)、「土工」(797人)、「鉄筋工」(768人)、「型枠大工」(670人)「内装工」(660人)と続いている。ここから、ビル建設工事の基幹部分をなす「躯体工事」を担う職種(鳶工、土工、鉄筋工、型枠大工)が多くの労働者を需要しているということがわかる。調査対象となった12,148人の労働者は、このようなさまざまな職種に配置されて働いていたわけだが、それでは、先に見た労働者の「年齢構成」と職種との関係を次に見てみよう。

A職種と年齢

 次の(表1)は、労働者の年齢、現場経験年数、入職時年齢の平均値を「主要職種」グループ別に求めたものである。職種によって、それに従事している労働者の年齢構成にかなり違いがあることがわかる。たとえば、「シーリング工」は平均年齢26.1歳、経験年数は4.9年で、この仕事は比較的経験の浅い若年の労働者によって担われている。それに対して、「大工」は平均年齢41.4歳、経験年数は15.7年とかなり長くなっており、中高年のベテラン労働者(職人)が担っている。さらには、「土工」について見れば、平均年齢は43.2歳と高いにもかかわらず、現場経験年数の平均は7.2年と短い。

 この職種(土工)を担っている労働者の多くは、中高年の未熟練労働者(先の「追加的」な労働層)であると思われる。各職種の年齢構成の特徴を概観するために作成したものが次の(表2)である。各職種の平均年齢と平均現場経験年数を3ランク(短、中、長)にわけて、それをクロスさせたものである。各職種の年齢構成が、おおまかにではあるが、この表から読みとれるであろう。「若年−未(半)熟練」労働者によって担われている「ボード工、軽天工、洗い工、シーリング工、ALC工」、「中高年−熟練」労働者の「タイル工、左官、型枠大工」、「中高年−未(半)熟練」労働者を中心とする「土工、鉄筋工」、これらの3職種群が「極」をなしており、残りの17職種の年齢構成はこの3極に囲まれた中間にそれぞれ位置している。

 この表の対角線上の枠内にある職種群は建設・土木産業の領域において、程度の差はあれ何らかの技能や熟練を要する職種であり、それゆえ、この分野である程度のキャリアを積んできた(あるいはこれからキャリアを積んでいく)労働者によって担われている。それに対して、この対角線上の枠からはずれた職種(その典型は「土工」と「鉄筋工」)は、相対的に技能や熟練のウエイトが小さくそれゆえ建設・土木産業分野におけるキャリアを有しない者が「外部」から参入しやすい職種であると考えられる。このことは、職種別にその「入職時年齢」の分布を見るとさらにはっきりとする。次の(図5)(図6)(図7)は、先に述べた「3つの極」を構成する職種群の「入職時年齢」の分布を示したものである。これを見ると、「若年−未(半)熟練」群(ボード工、軽天工、洗い工、シーリング工、ALC工)と「中高年−熟練」群(タイル工、左官、型枠大工)においては、その「入職時年齢」は10代後半から20代に集中しており、職業キャリアの早い時期に現在の職業に就いた労働者が、その中核を形成していることがわかる。これに対して、「中高年−未(半)熟練」群(土工、鉄筋工)においては、その入職時年齢の分布は大きく中高年の方にシフトしており、中高年になって「外部」からこの仕事に参入してきた労働者が多数存在することを示している。「若年−未(半)熟練」群から「中高年−熟練」群へと、表の対角線上の枠内に位置する職種群とそれを担う労働者を建設・土木産業における「基幹」職種・労働者群とするならば、そこからはずれている職種・労働者群は多分に追加的・縁辺的なそれであると言うこともできるであろう。

 以上簡単に、労働者の年齢構成と職種構成について見てきた。その結果、今回の調査対象となった関西新空港ターミナルビル建設工事について言えば、その工事を担った労働者群は、若い頃に建設・土木産業分野に入職してそこで職業的キャリアを積んできた(あるいは積んでいくであろう)グループ(これをここでは「基幹的」建設・土木労働者群と名付けよう)と、中高年になってからこの産業分野に入獄した比較的にキャリアの浅い労働者群(同様に「追加的・縁辺的」労働者群と名付ける)という2層からなっていることが明らかになった。


[3]雇用形態と「不安定就労者」層

 新規入場者リストには、このビル建設工事の現場に入場した時点での、労働者の「所属会社」とその会社への「入社時期」を記入する欄が設けられている。ここでは、この「入社時期」のデータに基づいて、建設・土木産業労働者の「雇用形態」の一側面を明らかにする。ただ、この欄は記入漏れがかなり多く、年齢、経験年数、入社時期がそろって記入されているデータは9,206票(全体の75.8%)であった。以下の分析の対象はこの9,206人のデータである。

@「勤続期間」について

 まず最初に、対象労働者の現在の会社における「勤続」期間の分布を見てみよう。なお、この勤続期間は「入社時期」と現場への「新規入場の時期」との差を計算して得られたものであり、単位は「月数」で計算した。(図8)は9,206人の勤続期間を「年数」にまとめて表示したものである(ただし期間が「1ヶ月未満」のものは「1年未満」とは別にして表示されている)。

 この分布グラフからただちに読みとれるように、今回の調査対象労働者について言えば、全体として、その「勤続」期間はきわめて短い。要約数値では平均55.7ヶ月(4年7.7ヶ月)、標準偏差84.5ヶ月、最小値0ヶ月(1ヶ月未満)、最大値516ヶ月(43年)となっているが、分布は短期のほうに大きくかたよっており、勤続期間の実態は平均値から予想される期間よりもずっと短い。ちなみに、分布の中央値は21ヶ月(1年9ヶ月)である。

 とりわけ注目されるのは、勤続期間が1ヶ月未満(すなわち現場への入場時期と「入社」時期との間隔が1ヶ月未満)の労働者が1,822人(全体の19.8%)もいるという事実である。さらには、1ヶ月以上1年未満の労働者も1,806人(19.6%)存在する。両者をあわせると全体の40%弱が勤続期間1年未満である。こうした「勤続」期間がきわめて短い労働者は、ターミナルビル建設に従事した労働者群全体の中のどのあたりに存在しているのであろうか。このことを探るために、次に、勤続期間と年齢、現場経験年数および職種との関係を見てみよう。

A年齢・経験年数・勤続期間

 まず最初に、勤続期間データを、「1ヶ月未満、1ヶ月以上1年未満、1年以上5年未満、5年以上10年未満、10年以上15年未満、15年以上20年未満、20年以上」という7区分のカテゴリカルなデータに変換した。(図9)変換したデータの単純集計結果を示したものである。 つぎに、この区分ごとに、年齢と現場経験年数の平均値を算出した。(図10)と(図11)は各「勤続期間」グループの平均年齢と平均現場経験年数を図示したものである。 これらを見ると、明らかに、勤続期間「1ヶ月未満」と「1ヶ月以上1年未満」のグループは、その年齢と現場経験年数において他とは異なった傾向を示していることがわかる。 勤続期間が1年以上の労働者群においては、年齢、経験年数と勤続期間とは明確に正の相関を示している(すなわち年齢が高くなるにつれて勤続期間は増加し、また経験年数が長い労働者ほど勤続期間も長い)のに対して、「1年未満」の労働者群においては、この関係は逆転して、年齢が高くなるほど、また経験年数が長くなるほど勤続期間が短くなるという「奇妙な」傾向が示されている。

  一方に、加齢とともに現場での経験と企業における勤続期間が長くなる労働者群が存在し、他方には、そうした関連とは無関係に勤続期間がきわめて短い労働者群が存在するのである。 前者はいわば、「正規雇用」労働者の職業キャリアの階梯を進んでいる労働者群であると言うことができるであろう。 それに対して、後者はそうした「安定的な」雇用からは切り離されたところで建設・土木労働に従事している、「不安定な」労働者者群(いわゆる「不安定就労」層)であると考えられる。この「不安定な」労働者群の中には、たとえば、地方からの出稼ぎ労働者や「寄せ場」(ここでは「釜ヶ崎」)の日雇い労働者、その他さまざまの形態の「非」正規雇用の労働者が含まれていると考えられるのだが、表向きは(すなわち新規入場者リストの上では)、すべての労働者が何らかの企業の「社員」として現場に入っており、その限りでは、いわゆる「素性の定かではない」労働者はいないことになっているのである。 しかし、今見てきたように、実際には、かなりの数の「非」正規雇用の労働者が今回の現場で労働に従事していたことは疑いない。 たしかに、データからその数を正確に見積もることは不可能ではあるが、現場に入る直前に「入社」した労働者が多数いるという事実は、その表向きとは裏腹に、今回の大規模公共工事の基幹部分が、きわめて不安定な「非」正規雇用の労働者によって担われていたのだということを物語っているだろう。

 そこで、次には、この「社員」として偽装された「非」正規雇用の労働者群が、具体的にはどのような職種に就いていたのかということを確認しておこう。

B職種と勤続期間

 (表3)は先に述べた「主要な職種」別に、勤続期間の平均値(単位は「月数」である)を求めた結果を示したものである。勤続期間が最も長いのは「JV職員他」で、129ヶ月(11年弱)、最も短いのは「土工」で12ヶ月(1年)で、その開きはきわめて大きい。さらに、職種による「勤続期間の違い」を、「年齢、経験年数における違い」と関係づけて見るために作成したものが(図12)(図13)である。この二つの図は、職種ごとの年齢、経験年数、勤続期間の平均値をそれぞれ「順位数」に変換した上で、その順位スコアを「年齢×勤続期間」と「経験年数×勤続期間」の組み合わせで2次元座標上にプロットしたものである。

 たとえば、年齢と勤続期間の関係を示した(図12)の左上にプロットされている「JV職員他」の座標は(8,27)であるが、これは、「JV職員他」の平均年齢の順位スコアが8であるということ、すなわち、26職種の「主要な職種」と「その他の職種」あわせて27職種中の下から(若い方から)8番目であること、を意味しており、また勤続期間の順位スコアは27、すなわち最も勤続期間の平均値が大きいことを示している。ここから、「JV職員他」は他の職種と比べて、年齢の割に勤続期間が長いことがわかる。大まかに言えば、それぞれの図の「対角線上」の近傍にプロットされている職種は、年齢、経験年数の増大が同時に勤続期間の増大を伴っていることを示しており、それに対して、対角線から上方向にはずれてプロットされている職種は、年齢や経験年数に比して勤続期間が「長い」ことを、そして下方向にずれている職種は勤続期間が「短い」ということを表している。

 以上のことを踏まえた上で、この二つの図を眺めてみれば、各職種における年齢、現場経験年数、勤続期間の3者の関係と、その職種の建設・土木産業全体における位置が、おおまかにではあるが見えてくる。

C関空工事における建設・土木労働者の類型と職種

 以上簡単に、新規入場者リストに記入された各労働者の「現場への入場時期」、「年齢」、「現場経験年数」、「入社時期」そして「職種」につい、データをもとに労働者集団のおおまかな特徴を描き出してきた。その結果、関空工事に従事した労働者集団は決して「均質な」それではなく、労働力の形成過程やその「動員」のされかたにおいてかなり異なった、いわば「異質な」部分から構成されている集団であることが明らかになった。 そこで、ここでは、この内部の「異なった」サブ・グループの特定(その特徴の明確化とボリュームの推定)を試みることとする。 方法としては、「年齢」、「現場経験年数」および「勤続月数」といういう3変数によるクラスター分析(K―Means法を用いる)によって、全体の労働者をいくつかのグループに分類するという方法をとった。 何個のクラスターに分類するのが適切であるかという基準が前もって存在するわけではないので、2クラスターから始めて30クラスターまで、何度も試行を繰り返した結果、4〜6クラスターに分類するのが最も実態を反映した分類になるという結論に達した。ここでは、6クラスターに分類した結果を示しておく。

 (図14)から(図15)(図16)は、クラスター分析の結果得られた、6グループの人数と「年齢」「経験年数」「勤続期間」の平均値を示したものである。これらの図から6グループの特徴を見ると、

第1グループ ──平均年齢と経験年数は大きいが勤続期間は27ヶ月(2年強)と短い。「中高年・熟練・不安定」労働者群である。全体の12.7%を占めている。

第2グループ ──平均年齢は高いが、経験年数は短く(5.3年)、また勤続期間も短い(17.6ヶ月)。「中高年・未(半)熟練・不安定」労働者群である。全体の21.5%を占めている。

第3グループ   ──年齢、経験年数、勤続期間ともに短い。「若年・未(半)熟練」労働者群である。建設・土木産業の分野に労働者として参人してまだ間がない若い労働者である。こうした若い労働者が、この関空の工事に大量に「動員」されていたという事実は注目に値する。6グループの中で最も数が多く(全体の37.7%)、今回の工事の中核部分を形成していたと考えられる。

第4グループ ──年齢、経験年数、勤続期問のすべてにおいて最も高い平均値を示している。「中高年・熟練・安定」労働者群である。量としては最も小さく全体の4.3%をしめているだけである。

第5、第6グループ ──年齢の上昇とともに経験年数と勤続期間も高くなっている。建設・土木労働者として「順調に」その職業的キャリアを積みつつある労働者だと考えられる。両グループをあわせて、全体の22.8%を占めている。

 以上のような分類を前提として、次に、この分類と職種との関連を見てみると(図17)のようになる。 この図は労働者の6類型と主要な26職種とのクロス集計の結果を、対応分析によって2次元座標上に表示したものである。 図上にプロットされた各点間の距離が関連の強さを示している。 すなわち、各点の布置を読むことで、どの職種が主としてどの類型の労働者によって担われているかがわかる。 たとえば、第2グループを示す点(G2とラベル付けされている)は、「土工」「鉄筋工」を示す点と近接してプロットされており、ここから、これらの職種の主要な担い手が「中高年・未(半)熟練・不安定」労働者群であることがわかる。 「熟練・不安定」労働者群を示す点(G1)の近くには、「左官」「型枠大工」「鉄工」「鳶工」「鍛冶工」の職種を示す点が位置している。 「土工」から「左官」へと至る右上がりの帯状にプロットされた諸点は「不安定就労」層をその主要な担い手とする職種であると言えよう。 これに対して、図の中央上部に位置する「JV職員他」を示す点の近くには第3グループから第6グループ、第5グループを経て第4グループ(「中高年・熟練・安定」労働者群)へとつながっていく、「安定雇用」層を示す点がプロットされており、この周辺にプロットされた職種は、建設・土木労働者として職業的キャリアを重ねていく(であろう)、いわば「正規」労働者によって担われている職種であると推測される。

 以上のように、建設・土木産業における「職種」は、その主要な担い手として、かなり異なった「労働力」を需要しているように見える。そこで、次には、こうした「適材適所」の労働力を、建設・土木資本は「どこから」調達してきたのかということを簡単に見ておこう。ただし、ここでは、労働者の「動員」の「空間的・地域的」側面にのみ焦点を合わせて、その他の側面(たとえば「寄せ場」労働者の選別動員といった側面)には言及しない。


[4]大規模公共工事における「労働者の動員」

 関西新空港の建設は、巨大な国家的プロジェクトであり、その建設工事には膨大な数の建設・土木労働者が動員されている。このような巨大な公共工事に必要な労働力を、大阪を中心とする関西の「通勤圏」だけでまかなうことは、当然のことながら不可能であり、それゆえ、日本全国から多種多様な労働力がこの巨大工事のために「動員」されることになった。この節では、データとしては新規入場者リストの「連絡場所」の欄に記入されている各労働者の連絡先住所を「都道府県」レベルで集計したものである(有効数11,728)。ただし、ここで断っておかなければならないのは、このデータがそれほど信頼性のあるデータではないのではないかと疑われる余地が多分にある、という点である。たとえば、連絡先住所の都道府県が「大阪」となっているデータが7,327(全体の62.5%)という結果が出ているのだが、実際に原票を見ていくと、その住所はその労働者の「生活の本拠地」を示しているのではなく、彼が所属している会社や寄宿舎、寮などのそれであるといった場合がかなり見受けられるのである。その意味ではこのテータは「大阪在住」の労働者の数をかなり過大に示しており、逆に大阪外からこの現場に「出張」あるいは「出稼ぎ」している労働者のそれを過少に示しているのではないかと疑われるのである。こうした疑いは残るものの、それでも、このデータから、大規模公共工事における労働者の全国的な「動員」のおおまかなかたちはうかがえるのではないだろうか。

@労働力の「供給」都道府県

 まず最初に、「連絡先都道府県」別の人数を見ておこう(表4)。47都道府県すべてから労働者が動員されていることがわかる。 しかし、その人数にはかなり大きなばらつきがある。大阪府と「不明」を別として、最も多いのは兵庫県の966人、ついで和歌山県の320人、北海道315人、京都府290人・・・・となっている。人数を3段階に分けて地図上に表示した(図18)によって、労働力の「主たる供給源」がどの地方であるかがおおまかにではあるが見えてくる。 大多数の労働者が近畿圏を中心とした西日本から動員されているが、それ以外では北海道、東京、神奈川、愛知、福井の5都道府県からも100名以上の労働者が動員されている。それに対して、東北地方からのそれは少数である。

 50名以上の労働者を供給している22都道府県について、その年齢構成(年齢、現場経験年数、勤続期間)の特徴を示したものが(表5)である。 (図19)は、年齢、現場経験年数、勤続期間について、各都道府県の平均値の全体平均値からの偏差を求めて図示したものであるが、ここから「労働力供給地」としての各都道府県のおおまかな姿が見えてくる。全体的に言えることは、近畿圏以外の府県からの労働者は、現場経験年数と勤続期間において全体平均よりも顕著にその平均値が小さくなっている。すなわち、「未(半)熟練・不安定雇用」の労働者が近畿圏以外の地域から大量に動員されていることがうかがえる。さらに、九州地方(沖縄県を除く)と山口、高知の両県からの労働者は年齢においては全体平均よりも大きくなっており、これらの地域からは「中高年・未(半)熟練・不安定雇用」労働者が多く動員されている。

 沖縄県からの労働者は他の都道府県からのそれとは年齢構成においてきわだって異なっている。年齢、現場経験年数、勤続期間のすべてにおいて、全体平均よりもきわだって小さくなっており、それゆえ沖縄からの労働者は「若年・未(半)熟練・不安定雇用」のそれが中核をなしていることがわかる。 他の特徴的な「供給県」としては奈良県と福井県がある。この2県は年齢においては全体平均とさほど違いはないが、現場経験年数が大きい。そして勤続期間においては、奈良県は大きく、福井県は小さくなっている。奈良県は「熟練・安定」労働者の、そして福井県は「熟練・不安定」労働者の供給県となっていると言えるだろう。

A「供給」都道府県と職種構成

 職種と「労働力供給」地域との間の関係を探ることはきわめて困難である。一つには、先にも指摘した「出身地データ」の質が良くないということにもよるのだが、それ以上に、47の「労働力供給」都道府県と、160を越える「職種」の組み合わせのなかに12,148人の労働者がいわば「ばらまかれている」のであり、たとえばこの二つの変数でクロス表を作成したとしても、とても意味のある分析は不可能である。主要な22「供給」都道府県と主要な27職種に分析を限定したとしても事情は同じである(この「絞り込み」によって分析対象となるサンブル数も減少するから)。

 そこで、ここでは、全体の労働者を「大阪府在住の労働者」と、大阪以外の地方から「動員」されてきた「地方労働者」の2群に分けて、この両者の間でその職種構成にどのような違いがあるか(あるいはないか)ということを、まず最初に見てみよう。(表6)は、27の主要職種について、「大阪府在住労働者」と「地方労働者」の人数とその比率を示したものである。ところで、全体としての「大阪府在住労働者」と「地方労働者」の構成比率は62.5%と37.5%であった。この構成比率と各職種における構成比率がどの程度違っているかを見るために算出したものがこの表の最後の欄(「偏差」とラベル付けされている)の数値である。そこには各職種における「地方労働者」の構成比率から全体としての「地方労働者」の構成比率である37.5を差し引いた数値が示されている。それゆえ、この欄の数値が大きい職種ほど「地方労働者」によって担われている比率が高い職種であることを意味し、逆に、その数値が小さいものは「大阪在住労働者」によってより多く担われている職種であるということを示している。この欄の数値は降順にソートされているので、両者の関係を見るのは容易であろう。

 この表から「板金工」、「鉄筋工」、「鳶工」、「土工」といった職種がより多く「地方労働者」によって担われ、逆に、「はつり工」、「ガラス工」、「左官」、「サッシ工」、「岩綿耐火吹き付け工」、「型枠大工」・・・といった職種では「地方労働者」のしめる比率が相対的に小さいということが読みとれる。「土工」「鉄筋工」という「未(半)熟練・不安定」労働者によってより多く担われている職種が、同時に、「地方労働者」によってより多く担われている職種でもある、という事実は注目に値する。このことは、おそらく、地方から「動員」される労働力のかなりの部分が、いわば「追加的」「縁辺的」労働力として需要されているのだということの現れであろう。

B「不安定就労」層の供給源

 最後に、こうした「追加的」「縁辺的」労働力としての「不安定就労」層がどの地方から動員(=供給)されているのかということを確認しておこう。 具体的には、先に設定した労働者の6類型中の第1グループ(「中高年・熟練・不安定」労働者群)と第2グループ(「中高年・未(半)熟練・不安定」労働者群)の比率は、「供給」都道府県で違いがあるかどうか、ということの確認である。

 (図20)は、主要22都道府県おける第1、第2、第3グループとその他のグループ(第4、5、6グループ)の構成比率を示したものである。 これを見ると、「不安定就労」層(第1グループと第2グループ)の比率は「供給」都道府県によってかなり大きく違っていることがわかる。 その比率が最も小さい「奈良県」の場合は第1グループと第2グループを併せて、その比率は24.1%であるのに対して、最も大きい「福岡県」の場合は60.6%である。ちなみに、全体でのその比率は34.2%である。

 福岡県に次いで、比率が高いのは熊本県(60.4%)、鹿児島県(57.9%)、長崎県(56.5%)、高知県(53.4%)、山口県(50.6%)…となっており、九州が「不安定就労」層の主要な供給源となっている。 これに対して、奈良県、京都府、大阪府、兵庫県の近畿圏は第1、第2グループの比率は相対的に小さく、供給労働力の中心は若年および「安定雇用」層のそれである。

 このように「動員」労働力の「質」に地域差が生じる原囚が何であるのかは、今回の調査からは明らかにできなかった。 当然にも、まず第一の原因と考えられるのは、当該地域の雇用状況や、さらには地域経済の動向であるだろう。 しかし、さらには、建設・土木産業における労働力調達機構の作用も大きく関与しているのではないかと予想される。最末端の人材派遣業者(いわゆる「手配師」)から重層化された下請けー元請け関係を介し、最終的にはゼネコンの労働現場へと接合して行く労働力の調達(動員)回路は、都道府県境を越えて、広域に広がっているのではないかとも予想されるのである。新規入場者リストに記入されている「所属会社」と「一次協力会社」の綿密な分析によって、あるいはそうしたメカニズムの一端でも明らかになるのではないかとも考えているが、それは今後の課題である。