釜ヶ崎における自治体行政について

              大阪市職員労働組合民生支部/西成区役所支部

1.釜ヶ崎の概要
(1) 釜ヶ崎は通称で行政的には「あいりん」と呼ばれています。大阪市西成区の東北部に位置しており、総面積0.62平方キロあまりの狭小の地域です。ここは東京の山谷、横浜の寿、名古屋の笹島と並ぶ日雇労働者が多く住む街を形成しています。人口は約3万人と推計されており、そのうち2万人以上が日雇労働者と言われています。
 多くの日雇労働者を抱える釜ヶ崎では、様々な所で変容がみられます。例えば雇用種別をみると60年代は港湾荷役(運輸業と建設業)・70年代には鉄鋼、造船(製造業と建設業)・とりわけ90年代では建設業に従事する労働者が特化しています。しかもその建設業においては機械化やオペレーター化、「フロー型」雇用の比率が高まりつつあるうえ、雇用年齢制限を設けられるなど釜ヶ崎労働者は雇用先を確保するだけでも厳しい状況にあります。

(2) こうしたことから、職を求める労働者自身も流動的にならざるを得ませんが、建設や土木という極めて肉体を酷使する日雇労働に適応できない高齢者や病弱者などはこれらの労働市場から阻害され、釜ヶ崎や市内全域にみられる野宿生活者《資料1》となって、より厳しい生活環境に置かれることになります。

《資料1》野宿生活者・ホームレス人数の全国的状況(単位;人)

都市名 99年3月調査 99年10月調査  
 大阪市 8660 8660 うち西成区1910
 東京・23区 4300 5800  
 名古屋市 758 1019  
 川崎市 746 901  
 横浜市 439 794  
 小計 14903 17174  
 神戸市 229 335  
 京都市 200 300  
 福岡市 174 269  
 千葉市 104 113  
 広島市 98 115  
 北九州市 80 166  
 仙台市 53 111  
 札幌市 18 43  
 小計 956 1452  
 中核23市 388 706  
 その他74市 / 1119  
 合計132市区町 16247 20451  

2.行政機関等の現状

(1)労働行政
 労働行政は国都道府県の所管であり釜ヶ崎には、あいりん公共職業安定所、大阪府の外郭法人である西成労働福祉センターがあります。労働者の雇用形態は@日雇い(現金就労)A期間雇用(飯場求人)B直行(常勤的日雇い)に大別されますが、その多くはあいりん職安に求職登録し、通称白手帳と呼ばれる「雇用保険日雇労働者被保険者手帳」を持っています。この「雇用保険日雇労働者被保険者手帳」により前2ヵ月間で通算して26日以上の就労が証明されれば3ヵ月目に基本13日分の失業手当(アブレ手当)が給付されます。労働福祉センターでは就労斡旋事業を中心に労働災害事故にかかる相談・手続きや賃金未払い問題、健康医療相談などを行っています。

(2)福祉医療行政
 福祉及ぴ医療行政は主に大阪市の所管で進められています。生活保護の実施機関である更生相談所(西成保健所を併設)《資料2》、生活保護法に基づく更生施設である更生相談所一時保護所、隣保事業を行っている西成市民館は健康福祉局直営の事業所です。

《資料2》更生相談所における保護相談件数と年齢別構成(大阪市立更生相談所事業統計集資料)

  96/4〜97/3 97/4〜98/3  98/4〜99/3   99/4〜00/3  00/4〜01/3
 相談者 10,422(100.0) 17,434(100.0) 23,961(100.0) 27,290(100.0) 26,293(100.0)
 29歳以下 67(0.64) 69(0.40) 74(0.31) 42(0.15) 65(0.25)
 30〜39  269(2.58) 491(2.82) 426(1.78) 634(2.32) 750(2.85)
 40〜49 1,810(17.28) 2,962(16.99) 3,945(14.59) 4,177(15.31) 4,286(16.30)
 50〜59 4,162(39.94) 6,591(37.80) 9,274(38.70) 11,824(43.33) 12,416(47.22)
 60歳以上 4,123(39.56) 7,321(41.99) 10,692(44.62) 10,613(38.89) 8,776(33.38)

 また、大阪自彊館に代表される社会福祉法人が運営する生活保護施設や公民の保育所があります。大阪社会医療センターは100床を持つ無料低額診療所施設で釜ヶ崎唯一の公立病院です。

(3)警察行政
 1961年に起こった第1次暴動以来(これまでに23次発生)警察による治安対策行政が大きな位置をしめてきています。第1次暴動を契機にしてさまざまな行政が展開されてきました。1966年6月に大阪府、大阪市、大阪府警の三者による「三者協議会」が設置されましたが、その中心的な役割を果たしてきたのが大阪府警でした。逆の見方をすれば大阪府、大阪市の行政が治安対策の補完的役割果たしてきたと言っても過言ではないといえます。

(4)地域運動諸団体
 一般家庭や自営業の方々による町会などの組織のほかに、様々な運動団体があります。
 キリスト教系のいくつかの団体はそれぞれ独自に救援活動をおこないながら、キリスト教協友会として地域労働組合などと連携して日常的な炊き出し・医療相談・年末年始の越冬闘争などを取り組んでいます。これらの活動は寄付やカンパなどによる自主運営で行われており、行政機関が取り組めていないところで重要な役割を果たしています。
 主に3つある労働組合はそれぞれ個別の問題意識を持ちながら、行政闘争、労働争議、救援活動、労働相談などに取り組んでいます。


3.釜ヶ崎における自治分権型施策の創造

 釜ヶ崎に起居する単身の労働者について、例えば常雇いの一般労働者との比較で言えば、日雇いという雇用形態であるため安定した収入を得られず、そのため多くが固定的な住居が確保されておらず、衣食住にわたって生活が不安定であり病気の初期の段階や軽微なケガのときに療養する場所が十分無い等の現状があります。加えて高齢や障害をもつ労働者は一層困難となります。こうした現状にある中で組合員の懸命な努力が続けられています。この間、従来の福祉・医療の枠にとどまらない新たな胎動としてNPOと連携した行政施策が進められつつあります。《資料3》しかしながらその多くの事業が市単費・国からの期限付交付金で賄われていることから財源確保は大きな課題となっています。
 労働者の抱える問題は行政分野の多岐にわたるものが多く、現在においても行政機関相互の連携が図られていますが、労働・福祉・医療・保健だけではなく、住宅なども入れた総合的な施策とともに進められなければならないと言えます。《資料4》釜ヶ崎の問題が解決困難な課題を多く内包することから及び腰にならざるを得ないとの意見もありますが、その全てを行政が一手に引き受ける従来の「官治集権型施策」の画一的な対応から、最も地の利を活かしたNPOとの相互連携など「自治分権型施策」の創造が一層求められると言えます。

《資料3》
@高齢者特別清掃事業・・・大幅な日雇い求人の減少から、特に高齢日雇い労働者が雇用機会を得ることが困難にあることから、その確保を図る。
ア、地域内生活道路清掃事業(1日あたりおおむね66人)
イ、高齢日雇労働者等除草労働者に対し、日々600人の宿泊所を提供する。
《資料4》
 大阪府知事・大阪市長による府市懇談会において、あいりん地域のまちづくりの視点を含めた中長期的なありかたや展望を総合的に検討するため、「あいりん総合対策検討委員会」が発足し、98年2月「あいりん地域の中長期的なあり方」がまとめられた。
 骨子は@現状と問題点の項では、生活環境・労働者の生活・就労の状況・福祉の状況・高齢労働者・地域内の路上生活者の状況・地域社会・ボランティア団体・労働組合・業界/事業所・国における対応を記載し、A今後のあり方では、雇用対策の今後・福祉の課題・生活環境から見たあいりん地域の課題を記載し、Bまとめでは、議論の継続と特別立法措置などの必要性を記載している。


4.労働組合の取り組み…民生支部

(1)民生支部の取り組み

@支部は毎年「釜ヶ崎対策の改善に関する申し入れ」を所属に対して行い、通年的な対策の充実、年末年始対策の改善、総合的対策の確立のための国への働きかけなどを求め取り組んでいます。内容は、i 総合的施策の確立、専管機構の設置 A 更生相談所の機能充実、地域に開かれた行政 B 施設整備など生活保護行政の充実 C 不況下における高齢者対策、援護対策、就労斡旋事業の実施 D 年末年始対策の改善 E 国への総合対策実施の働きかけ、などです。
Aこの中で、年末年始対策事業《資料4》は、年末年始の休日によって労働市場が閉鎖され職を得られないために衣食住に困窮する労働者に特別対策として相談事業をおこない臨時宿泊所(2001年度は12/29〜翌1/7)を提供する事業です。東京・横浜・名古屋・川崎でも実施されていますが、国からの補助は無くそれぞれの各都市の単費事業です。この時期に職に就けなければ野宿せざるを得ず、厳冬期の生命にかかる事業であり、全市的な応援体制と組合員の出勤によって対応しています。日雇労働者の日常的な生活の安定という根本的問題が解決しない中では、継続して実施せざるを得ない事業となっています。支部としても事業内容の改善を求めるとともに、国に対して必要な対策と位置付けて補助を出すように取り組みを進めています。

《資料4》「あいりん」年末年始対策事業状況(2001年度)

  12月29日 30日  31日  合計  2000年度状況
 相談人員  1,810 523 8 2,341 2,269
 入所許可者  1,771 514 5 2,290 2,238
 辞退・却下  7 1 1 9 9
 入院  6 1 2 9 3
 施設入所  2 2   4 6
 その他  24 5   29 13
 臨時宿泊所入所者 1,751 500 5 2,256 2,217

B更生相談所については、区役所に併設された24の福祉事務所に続く25番目の実施機関と位置付けられ、釜ヶ崎の住所のない要保護者に対して、生活保護施設への入所もしくは入院という限られた範囲のなかで生活保護相談をおこなっています。しかしながら、入所か入院いずれかの手段で個々のケースに対応するには不充分であり、更生相談所の機能充実、ありかたの検討等を進めています。

(2)更生相談所職場における議論
 更生相談所では、行政闘争が騒動に発展した経験から検討を行い提言としてまとめています。以下はその要点です。
 まず、「大阪市の福祉行政、更生相談所があいりんのニーズに応え切れていない」「あいりんに限定されない日雇労働市場やホームレスを背景とした行政の限界」「行政機関の有機的連携の欠如」「住所不定者対策の欠落」「更生相談所の位置付けの曖昧さ」を現状認識とし、更生相談所のありかたとして「機能の明確化」「援護施策の貧弱さの解消」「面接体制の強化」「福祉資源の整備」などの改善を述べています。そして今後の援護対策のありかたとして「福祉事務所との関係の明確化」「市域全体の住所不定者対策の実施」「医療体制との連携と整備」「短期入所施設の拡充」「準居宅保護の実施とそのためのケースワーカーの配置」「就労斡旋中の宿泊・食事の提供などのサービスの必要性」などの改善とあわせ、更生相談所の機構改革などの整備を提言しています。
 この提言で出されている現状認識や援護対策の今後のあり方では、釜ヶ崎にとどまらない課題となっている野宿生活者課題とも連動し、支部としての取り組みを進めるうえで示唆を与えるものと言えます。

(3)自治労の取り組み
 自治労は、大都市共闘民生部会の中に、釜ヶ崎のような「労働者の街」がある、東京・横浜・名古屋・大阪を主に各都市の民生支部で「労働者の街連絡会議」を結成し、毎年対政府要求を提出し厚生労働省交渉を取り組んでいます。主な交渉項目は、@ 「労働者の街」にとどまらない野宿生活者問題について国としての対応 A 総合行政の推進のための専管機構の設置、 B 特別就労対策の実施、 C 生活保護施設、医療供給体制の整備、 D 自治体が独自に行っている事業への助成などです。しかし国は、とりわけ緊急の課題となっている野宿生活者にかかわっては99年5月とりまとめの『当面の対応策』に示した域を越えることなく、また「労働者の街」の問題は自治体固有の問題であるとの立場をとっており、さらに個別の要求に対しては既定の生活保護行政の範囲内であれば対応するとの回答に終始しています。

5. 釜ヶ崎が行政的に注目されだし40年が経ちました。また、運動団体が行政闘争をはじめてから20年以上が経過し、釜ヶ崎の外観は大きく変わってきました。
 しかしながら、問題の本質は変化しておらず、不況→好況→不況のサイクルの中で翻弄される労働者の姿はそのまま残り、今また高齢化の波が容赦なく釜ヶ崎に押し寄せています。
 支部のこれまでの釜ヶ崎行政についての自治研運動の不充分性について反省しつつ、私たち自治体労働者が行政のあり方に真摯に検討を加えなければ事態は進行しないことを年頭に置きつつ努力を行いたいと考えています。


6.西成区福祉事務所の現状と課題・・・西成区役所支部

 釜ヶ崎の沿革及び大阪市としての対応については、市職民生支部より報告されておりますので、当支部からは西成区福祉事務所の現状と課題について報告します。また、一昨年のレポートでも概略はすでに報告しておりますので、最近の特徴的な点に絞ってまとめさせていただきました。

(1)増え続ける生活保護ケース
 西成区福祉事務所で所管する生活保護の被保護世帯数は2002年3月末現在で15081ケース。(西成区福祉事務所集計) 2001年3月末の被保護世帯数が13032ケース(同所集計)だったことから、実に2000ケースあまりが1年間に増加していることになる。その大半は単身高齢世帯である。ちなみに5年前の1997年3月末の被保護世帯数は7543(同所集計)ケースであった。すなわち5年間で倍増しているわけである。こうした著しい増加傾向は、いうまでもなく長引く不況が釜ヶ崎を直撃していることが大きな要因と解されるが、釜ヶ崎の労働者への不況の直撃は、同様に労働者が宿泊する簡易宿泊所へも大きな影響を及ぼした。この影響により98年当初より(正確にはそれ以前にもあるが)、簡易宿泊所が、いわゆる「旅館営業」から「アパート経営」に変更されていくようになった、その数は4年あまりで30件を超えた。アパート化した件数だけ見るとさしたる影響はないように思えるが、この30件あまりが保有する部屋敷はなんと2600〜2700室に達する。もちろんこのすべてが生活保護受給者ではないが、冒頭に記した被保護世帯の急激な増加を支える社会資源として受け皿の役割を果たしているといえる。この簡易宿泊所のアパート化の動きは今後も続くものと考えられる。したがって、受け皿のキャパシティが増えることにより、さらに生活保護ケース数は増加の一途をたどることとなることから行政として有効な対応が求められている。
 一方、野宿生活者対策として西成区内にも自立支援センターが設置され、仮設一時避難所についても設置されてきたところであるが、釜ヶ崎の諸課題の解決に向けて直結する効果をもたらすには至っていない。大阪府・市の行政施策は労働・福祉・医療などの分野で一定行われているものの、現状に対応しうる効果的な対策が講じられていないのが現実である。

(2)他都市との比較
 西成区における生活保護行政、とりわけ西成区福祉事務所の大きな課題としてケース数の急増の状況を述べたが、福祉事務所が大規模化していることも大きな課題となっている。単一の福祉事務所で15000余のケースを所管することは組織の機能の面からも限界が生じてきているといわざるを得ない。2002年度の西成区福祉事務所の執行体制は、課長級の福祉事務所長以下、査察指導員、ケースワーカー等、嘱託職員も含め195名で対応していくこととなっているが、肥大化した福祉事務所の運営は、生活保護行政を執行していくうえで様々な点で支障をきたすこととなってきている。福祉事務所の規模はどの程度が適切なのか、議論があるところと考えるが、参考に都道府県・政令指定都市・中核市別、被保護世帯数及び被保護人員の一覧(2001年9月現在)を資料として参照願いたい。この一覧表では福祉事務所の設置数が示されていないので、比較するには不十分であるが、15000という数字がどの程度の規模なのかは容易に推察できると思われる。
 いずれにしても現状に対応できる体制としていくために福祉事務所の設置のあり方を含めた抜本的な実施体制の見直しが迫られていることは明白である。

(3)西成区福祉事務所「分室」の設置
 以上のような肥大化した福祉事務所の問題を一部でも解消していくために、2002年度より西成区福祉事務所に「分室」が設置されることとなった。「分室」における業務内容等については、労使で検討委員会を設置し、議論をおこなってきた。先の西成区福祉事務所の実施体制の人員は、この「分室」の人員も含めた数値である。現場では「分室」設置に対する是非の議論もあったところであるが、大規模福祉事務所の問題を現状維持の体制では、何ら解決の方向に向かわないこと、抜本的な実施体制の変更を単年度で行うことは困難であることなどから、今後西成区全体の福祉行政のあり方を検討していくための一歩として位置づけてきたところである。
 西成区福祉行政の問題と課題は、結果としてケース数の急増が現象として表れてきているが、釜ヶ崎問題に起因する要素が大きく、付け焼刃的な対策では抜本的な解決につながらない。「働きたいのに働けない、働くところがない」という訴えに象徴されるように、「就労施策を如何に展開するのか」という問への答がなければ、必然的に、福祉施策での対応が余儀なくされ、結果的に過度な負担が福祉の領域にのしかかり、本来、最低生活を保障するために位置づけられている生活保護制度が実態として機能しなくなる事態を招くこととなる。
 生活保護法がその本旨のとおり機能するためには、生活保護にいたるまでの過程で、人が日常生活を営んでいくうえでの社会的条件としての、労働・住宅などといった社会政策が必要不可欠である。こうした社会資源の整備は、行政の主たる責務と考えるところであり、関係する行政機関の踏み込んだ対応を求めたい。