「あいりん」地域における医療の現状と課題

                       大阪社会医療センター労働組合
1.はじめに
 あいりん地域は、第1次釜ヶ崎暴動から20数次の暴動事件にみられるように特殊で複雑な様々な問題を抱えています。
 この10年余り、あいりん地域は平穏な日々が保たれていると言えますが、しかし野宿者の数は増えることはあっても、一向に減少する傾向はみられません。
 1961年の第1次釜ヶ崎暴動のあと、繰り返し発生した暴動を契機に労働、福祉、保健、医療など各分野での諸施策として1970年にあいりん総合センターが設立されました。
 あいりん総合センターの中に、労働公共職業安定所、西成労働福祉センター、市営住宅とともに大阪社会医療センター(以下、当センター)もその施策のひとつとして設立され保健・医療・福祉を三位一体として、あいりん地域で医療活動を推進してきました。
 当センターの設立に忘れてはならないもののひとつに、初代院長の本田良寛先生の尽力が上げられます。済生会「今宮診療所」の所長であった本田良寛先生が、ある日、診療した患者さんで、至急入院の必要を認め、紹介状を持たせて入院の手続きに行かせたところ、その患者さんが翌日路上で紹介状を握ったまま亡くなっていました。
 そのことがきっかけで、本田良寛先生は、この地区に病院が必要であることを痛感し、国・大阪府・大阪市に働きかけをし、あいりん総合センター内に病院が設立されることになりました。

 当センターの主な事業の3本柱として、
@「無料低額診療事業」として病院の設置・運営
 保険未加入の自費患者或いは現金を持たない患者に、無料又は低額な料金で診療を行ない、医療費が払えない場合は貸付を行なっています。
 医療と福祉を一体的に提供する当センターの運営形態は、全国最大の日雇労働市場を形成するあいりん地域の特色です。
A医療に関する相談及ぴ指導
 単身で生活を維持していくための医療面・生活面での支援、労災や各種制度に熟知していない患者に対し、不利益をこうむらないための医療面での指導を行なっています。
B社会医学的調査研究
 疾病原因と生活背景との社会医学的な調査研究を行ない、この地域に今求められている課題を調査しております。。←
 あいりん地域は、通称「釜ヶ崎」とよばれ、JR、南海、阪堺線に囲まれたO.62qの地域のことであります。この狭い地域に約2万人の日雇労働者が、他府県から単身で職を求めて流入し、生活の拠点に「ドヤ」と呼ばれる簡易宿泊所にその日暮らしをしていますが、最近は長引く不況と、高齢のために職も無く野宿を余儀なくされている状況にあります。

 あいりんの日雇労働者は、土木建設業をはじめとした産業経済の発展に貢献してきましたが、差別偏見を受けやすく、病気や怪我をしたときに保険などの医療保障や所持金が無く、一般の病院、診療所では医療を受けにくい状況にあります。
 当センターは、あいりん地域労働者の命の拠りどころとして、上記のような医療を受けることが困難な労働者を支えて今年で33年目を迎えます。


2.現状
@労働者の街から福祉の街への転換
 産業構造の変化による都市部への労働力の集中、また1970年代は大阪万国博覧会などの大型プロジェクトなどにより、全国から労働者が流入して、日本最大の日雇労働者の街として活況を呈していました。その後も右肩上がりの景気によりバブル崩壊までは、様々な問題はあったものの安定した時期でありました。
 しかし、その後の建設現場の技術革新による機械化、省力化による肉体労働力の減少、長引く不況の影響を受け、建設工事・公共事業の受注減により仕事にあぶれた労働者が野宿生活者となっています。更には1970年代当時に流入し定住した30〜40才だった働き盛りの日雇労働者も高齢となってきています。
 これらのことにより、働きたくても仕事がない、また高齢により日雇労働者として働ける状態にない多くの労働者はあいりん地域で、生活保護の受給を受けるようになってきており、労働者の街から福祉の街へと様変わりをしてきています。

A医療センターを取り巻く現状
 外来患者の動向は、ここ数年で患者数が急激に増加し、平成14年度午前診療で1日平均410人(月曜日〜金曜日)で、特に金曜日は500人を超える患者が受診に来ることも珍しくありません。多くの患者が来院する理由としては、治療を受けることよりも、施設への入所、生活保護受給の手続きのために来院する患者が後を絶たないためです。
 また、高齢化(受診者の平均年齢58.9歳)による定住化が進んできており、労働・けんか等による骨折・創傷などの治療は減少し、不規則・偏った食生活、多飲酒等から高血圧症、糖尿病、慢性肝炎、心疾患などの生活習慣病患者(内科系)、肉体労働による頚・腰のヘルニア、膝関節などの変形性疾患患者(整形外科系)、単身孤独の狭い個室暮らし、多飲酒などからの神経精神科の患者、高齢による前立腺肥大症の泌尿器科の患者と、開設当初から比較すると明らかに高齢者の比率が高い疾病構造に変化してきております。
 入院患者においては、病気に対する認識の低さから重篤な状態になって来院する患者が多く、体力が低下しているため手術に耐えうる体力をつける期間が必要なことと、一定の回復が出来るまでの期間入院させるために一般病院と比して、在院日数は50〜60日と長期になっています。
 また、軽快退院しても居宅がないため多くの患者は野宿生活に戻ってしまい病気が再発し、再入院になる患者が多くなっています。


3.課題と今後の方向性
 当センターは、これまでは医療を提供するだけの受身的な病院でありました。
 しかし・あいりん地域の二ーズも時代とともに変化し、当センターのあり方も問われています。当センターをあいりん地域の福祉・医療・保健の拠点として位置付けるには、今後は地域とともに歩み、地域に開かれた病院となる必要があります。
 そのためには、患者サービスの向上など、取り組む課題は山積しています。

@外来診療体制の不備
 外来診療フロアは、診療等の順番を待つ患者で溢れかえり施設の限界を超えています。早急に待ち時間を短縮すること、また神経精神科・泌尿器科については、プライバシーの確保など充実した診療提供体制の改善が必要であります。
 中でも神経精神科は、1日平均50人もの患者を診療しなくてはならない状況にあり、患者のプライバシーの確保・十分な診療体制の確保が困難であります。
 そこで、地区内に常設の精神科の診療所を設置することで、より一層の診療内容の充実をはかり、精神科治療を確立させる必要があります。

A入院環境の改善。
 当センターの入院許可病床数は92床で、稼動病床は79床です。最上階の8階は栄養室で、7階が病棟となっています。
 病室は、多い部屋では16人部屋でプライバシーの確保も難しく、患者の娯楽は、テレビ・読書だけであり、スペースの制約から心を和ます空間というものがありません。
 屋上などの現在使用されていないスペースを有効利用し、長く退屈な入院生活にかかるストレスを少しでも解消する環境を整備する必要があります。

B病気の予防と再発防止
 今までは、体調を崩した患者を診察し、治療をするのが病院の仕事のように考えてしました。しかし、保健・医療を拡充するには、治療を行なうだけでは不十分で、病気の予防と再発防止が必要であります。
 あいりん地域では、福祉マンション(簡易宿泊所をアパートに改造し、生活保護受給者が入居する。)ができて、その福祉マンションのオーナーから、退院または通院中の入居者に食生活に関した指導をして欲しいと要望があり、平成12年9月から試行的に栄養指導をすることにしました。これが当センターの訪問栄養指導の始まりです。
 現在、糖尿病の患者3名と高血圧症の患者2名の訪問栄養指導を実施しています。自分で食事を作っている人は、検査の数値は改善されてきています。しかし、同じように指導をおこなっていても、外食や惣菜を買ってきている人は、検査の数値はなかなか改善されません。
 ただ、指導を始める前は好きなものを食べ、健康と食事について考える事も無かった人が、食事を規則正しく食べるようになったり、好きな漬物を減らしたり、野菜を食べる努力をするようになって、少しずつではありますが変化してきています。
 病院の外来でも栄養指導を実施していますが、指導の効果は訪問栄養指導のほうが上がっていると感じています。定期的にこちらから患者の傍に行く事で、栄養士を身近に感じてくれるようになり、また、そこに住んでいる人たちも一緒に話を聞いて、食事に興味を持ってくれることで、病気を予防し再発を防止する事にもなってきています。

C患者の変化による病院の形態の選択
 第4次医療法の改正により病院形態は、急性期医療か慢性期医療のいずれかを選択する必要に迫られています。当センターでは、当面、急性期医療を選択しますが、現在の地区の状況(高齢化)により、慢性期医療への転換も視野に入れた方向性が必要であります。

D建物・設備の老朽化、医療機器の更新
 当センターは、設立来33年が経過し、建物、電気設備などに老朽化が目立ち、現在大阪市より毎年多額の施設整備補助金の交付を受け、改修工事を行なっています。
 また医療技術の進歩により大型の医療機器(MRI等)を設置している病院が増加していますが、当センターでは、設置スペースが限られており、医療機器を購入するための費用の確保も困難な状況となっています。耐用年数を遥かに経過した医療機器の更新についても今までのように、民間補助金の交付を受け購入するのが、非常に困難なってきています。
 病院としての機能を維持・強化し、医療サービスの低下を招かないようにするために、何らかの手立てを考える必要があります。

E経営改善
 当センターは、保険・現金も所持していない労働者・野宿生活者に対し、診療費の貸し付け(診療減免)を行ない、その金額は年間2億3千万円近い金額となっています。
 そのため、大阪市より毎年多額の補助金を受け運営していますが、大阪市の財政状況もますます逼迫する中で、経営改善の努力を迫られております。
 更に平成14年4月の診療報酬改定で、受診回数により再診料、リハビリの金額に逓減制が導入されました。医療センターの整形外科受診患者は、毎日のようにリハビリを受けに通院しており、受診回数が増えるほど、診療報酬改定前に比して収入が減となり、収支に非常に大きな影響を及ぽすと考えられます。
 以上のことから医療センターの経営状況は、厳しさを増すことが予想されますが、地域のニーズを把握し、医療の低下を招くことのないようにする必要があります。


4.終わりに
 あいりん地域は、今までのような寄せ場機能は失われ、今の高齢化した労働者にあった仕事もなく、労働者の街としての様相はなくなってきております。
 当センターがこれからも医療活動を進めていく上で、病院としての施設の整備や、診療体制の充実をはかる必要があります。特に精神科の診療体制の充実、いまだ結核の罹患率が全国一であることに対する対策など、あいりん地域のニーズにあった新たな保健・福祉・医療の政策の展開が求められています。
 また、当センターの困難な経営は、大阪市から多額の補助金を受けて運営されている以上、大阪市の政策に沿って、当センターの方針を決定していかなければなりません。更に、病院施設であるため、国の医療政策にも大きくかかわりあいを持たざるを得ません。あいりんの医療を守るためには、国、府、市の総合的な施策の展開が必要であります。


表19 食事形態(昼食)

  飯場(弁当) 外食  自炊  炊き出し 食べない その他
昭和62年 平成11年 昭和62年 平成11年 昭和62年 平成11年 昭和62年 平成11年 昭和62年 平成11年 昭和62年 平成11年
心臓高血圧食 47% 7% 36% 25% 17% 21% 0% 29% 0% 11% 0% 7%
肝 臓 食 43% 7% 52% 40% 5% 7% 0% 13% 0% 27% 0% 6%
潰 瘍 食 43% 3% 43% 26% 14% 13% 0% 39% 0% 13% 0% 6%
糖 尿 食 40% 17% 53% 40% 7% 17% 0% 10% 0% 10% 0% 6%
平   均 43.2% 8.5% 46.0% 32.8% 10.8% 14.5% 0% 22.8% 0% 15.2% 0% 6.2%

表20 食事形態(夕食)

  飯場(弁当) 外食 自炊 炊き出し 食ぺない その他
昭和62年 平成11年 昭和62年 平成11年 昭和62年 平成11年 昭和62年 平成11年 昭和62年 平成11年 昭和62年 平成11年
心臓高血圧食 33% 4% 50% 14% 17% 32% 0% 25% 0% 18% 0% 7%
肝 臓 食 43% 7% 38%. 40% 19% 27% 0% 7% 0% 13% 0% 6%
潰 瘍 食 14% 5% 53% 39% 33% 11% 0% 24% 0% 16% 0% 5%
糖 尿 食 20% 0% 47% 47% 33% 27% 0% 10% 0% 7% 0% 9%
平   均 27.5% 4.0% 47.0% 35.0% 25.5% 24.3% 0.0% 16.5% 0.0% 13.5% 0.0% 6.7%



表21 飲酒量の比較

  飲まない 3合未満 3合以上 合計
人数 割合 人数 割合 人数 割合 人数 割合
S62年 20人 21.5% 29人 31.2% 44人 47.3% 93人 100%
H11年 50人 43.5% 41人 35.6% 24人 20.9% 115入 100%

表22 飲まない

  心臓高血圧食 肝臓食 潰瘍食 糖尿食 腎臓食 合計
人数 割合 人数 割合 人数 割合 人数 割合 人数 割合 人数 割合
S62年 11人 55.0% 3人 15.0% 5人 25.0% 1人 5.0% 0人 0.0% 20人 100.0%
H11年. 11人 22.0% 9人 18.0% 17人 34.0% 12人 24.0% 1人 2.0% 50人 100.0%

表23 3合未満

  心臓高血圧食 肝臓食 潰瘍食 糖尿食 腎臓食 合計
人数 割合 人数 割合 人数 割合 人数 割合 人数 割合 人数 割合
S62年 13人 44.8% 5人 17.3% 8人 27.6% 3人 10.3% 0人 0.0% 29人 100.0%
H11年 11人 26.8% 1人 2.4% 15人 36.7% 13人 31.7% 1人 2.4% 41人 100.0%

表24 3合以上

  心臓高血圧食 肝臓食 潰瘍食 糖尿食 腎臓食 合計
人数 割合 人数 割合 人数 割合 人数 割合 人数 割合 人数 割合
S62年 12入 27.3% 13人 29.5% 8人 18.2% 11入 25.0% 0人 0.0% 44人 100.0%
H11年 6人 25.0% 5人 20.8% 6人 25.0% 5人 20.8% 2人 8.4% 24人 100.0%

表25 平成9年成人人口の飲酒量について

成人人口(千人) 98,794(千)人
成人一人当たりの飲酒量(リットル) 8.81リットル
飲酒者数(千人) 65,960(千)人(成人の65.0%)
大量飲酒者数(千入) 2,423(千)人(成人の245%)