終章 連合大阪の役割
勤労者の中には、いっこうに出口の見いだせない不況の中にあって、自分たちの雇用や生活を守ることだけで精一杯だと考えて、野宿生活者問題や広く貧困問題に関心を示さない者もいるであろう。また、野宿生活の要因を「本人の努力が欠けている」ことに求め、まじめに働く自分たちにとって野宿生活者は「遠い存在」と考える勤労者も多い。
しかし、野宿生活者の置かれている状況が多くの場合経済的社会的な要因によって生み出されたことを考えれば、ごく普通の勤労者といえども、日雇労働者化・野宿生活化する可能性は残されている。その意味で、必ずしも他人事として放置しておくべきではないだろう。また、彼らの多くが「不まじめ」「怠惰」であるかどうかは、あらためて彼らの労働と生活の実態を見つめてもらえれば理解できるであろう。あるいは、彼らとの対話を図ってほしい。

さて、以上の5章にわたって、大阪の日雇労働者と野宿生活者の問題について論じてきた。彼らの置かれている労働・生活実態、それに対する現行施策の問題点と課題、さらに今後の政策上の課題について包括的に述べた。また、日本のこうした問題を論じるにあたって、国連人間開発の貧困とホームレスについての考え方、欧米先進諸国とくにフランスの抱える問題とそれに対する理論的考え方や実践を紹介し、日本の現状把握と課題を相対化しながら述べた。

この終章では、以上の検討を踏まえて、連合大阪がなすべき課題について、提起を行っていこう。この日雇労働者・野宿生活者問題が大阪のみならず日本社会においてきわめて重要であることを、日本を代表する労働組合である連合はまずもって理解すべきである。そして、社会的連帯という視点から、彼らの置かれている状況の改善に努めることが必要であろう。そうした意味で、この問題の解決にあたって、連合大阪そして連合本部にかける期待は極めて大きいものがある。

まず第一は、建設業では働く労働者の組織化をさらに積極的に進めることである。1997年、建設業の労働組合組織率は19.1%となっており、全産業平均22.6%に比べ、少し低くなっている(労働省『労働組合基礎調査』1998年)。とくに、企業規模の小さい事業所での組織率が、さらに低くなっている。
こうした現状を前提とし、また今日の建設業全体の景気動向を考慮するならば、中小零細の建設業者で働く労働者の組織化により、労働条件確保、雇用の安定化、さらには転職を余儀なくされる場合のスムーズで安定した再就職活動の支援が行えるようになるだろう。また、これと合わせて、建設日雇労働者の組織化と、大阪釜ヶ崎のようにすでに日雇労働者の組合が存在する所では、それらの組合と協力して一層の組織化を進めることが望まれる。
労働組合組織率の低下傾向に歯止めがかからない今日において、最も基本的な組合活動である組織化の努力を、建設業とくに中小零細事業所や日雇労働市場であらためて行うことを提案する。

第2に、行政への要望をおこなうことである。大阪府・大阪市に対し、この問題についての包括的で具体的な政策の実施を要求していかなければならない。この場合、本報告書において述べている政策を連合大阪の政策要求として要望していくとともに、本年2月には大阪府・大阪市が主催した「あいりん総合対策検討委員会」の提起した政策の速やかな実施を要請することが望ましい。本報告書の提案の多くは、この検討委員会報告書に多くを学んでいることから、政策的にはそれほど大きな隔たりはない。
他方、この問題は日本全体のものとして捉えるというのがこの報告書の視点であり、大阪府・大阪市も政府の財政的支援なしにはとうてい解決できないだろう。その意味で、五大都市の自治体と連携しながら、連合もまた政府への要請を行うことが望まれている。

第3に、経済団体とくに建設業界への要望の提出を行うことが期待される。とくに第5章第1節(b)でみたように、建設業退職者共済制度の運用が問題として明らかになった今日、この制度の適正な運用を求めるとともに、これまでに支払われなかった退職金をいくらかでも日雇労働者あるいはその退職者達に還元する措置を講ずるよう求める必要がある。

第4には、連合大阪傘下の労働組合員や広く勤労者全体に、この問題についての適正な理解を求める取り組みを行うことが必要である。それぞれ雇用形態や生活のあり方に違いがあるとはいえ、同じ労働者として、働く仲間として彼らを理解することが必要である。その意味で、行政だけに頼らず、連合大阪は独自に組合員啓発活動を行うことが望まれる。
しかし、より深く理解するに'は、直接彼らに関わるボランティアや社会的支援活動への参加の途を考えることも必要である。毎年夏のお盆には、釜ヶ崎で夏祭りが開催される。また冬の寒い夜には越冬闘争や夜間パトロールが実施される。こうした催しや活動への参加は、不可能ではないだろう。また、現地のボランティア団体では人材の少なさが隘路となって十分な活動ができずにいる。連合大阪は組織的にボランティア参加者を募り、それら団体に人的貢献を果たすことができる。

第5に、現地諸団体との連帯と支援を行うことがあげられる。現地の労働組合やボランティア団体は日常的な労働者相談や炊き出し活動、また行政との交渉を行い、集会や学習会などを開催している。こうした取り組みへの連合傘下各単組・単産の参加による連帯行動を行うことが望まれる。すでに、夏季・冬季の一時金支給の要求活動においては、南大阪地域の連合傘下労働組合の支援活動が取り組まれてきた。こうした連帯活動をより活発で多彩に展開することが、これまで交流が無かったことにより生じている相互不信を氷解させていくことにつながる。

そして最後に、経済的貢献が必要ではないだろうか。現地諸団体は日雇労働者の組合費や野宿生活者の拠出金、また寄付金やカンパなどにより活動を支えてきたが、十分な活動資金が得られないでいる。連合大阪は、この際「社会連帯基金」を創設し、日雇労働者・野宿生活者はもちろん、低所得の高齢者や障害者、困窮状況にある失業者や母子世帯など広く貧困・低所得者の自立支援のための資金として、それを活用するというのはどうだろうか。

以上6点にわたって連合大阪の役割を提示した。そして、その基底となる考え方は、「社会連帯」(あるいは「友愛」)である。そして、この「社会連帯」とは、社会的問題を一般勤労者にも深く関係する問題として捉える視点、そして誰もが社会の一員として安心して暮らしていける社会を創るという視点、これらの視点に立って積極的な行動を起こすことが連合大阪に期待されている。連合大阪がこれまでの運動で培った力を十二分に発揮することが望まれているのである。


あとがきー報告書作成を終えてー
                連合大阪あいりん地区問題研究会 座長 福原宏幸
連合大阪の田中滋晃氏から、このあいりん地区問題研究会の開催と報告書のとりまとめを依頼されたのは1997年3月のことであった。それは、あいりん総合対策検討委員会から釜ヶ崎日雇労働者の調査を複数の研究者とともに依嘱され、社会構造研究会という名の下に調査のとりまとめを進めていた頃であった。
その後、約1年半の期間にわたって研究会を重ねてきた。当初2ヶ月に1回の研究会の開催であったが、議論はいつも相当白熱したように思う。また、報告書のとりまとめに入った98年7月以降は、月2回あるいはそれ以上の回数で研究会を開催し、草稿文章の読み合わせ作業を行った。この草稿検討の研究会では一字一句丁寧に文章を追い、時には4時間以上の時間をかけて議論した日もあった。原稿執筆は福原が中心となったが、思いの外執筆に手間取り、また当初予定していた原稿枚数を大幅に超えるなど、研究会参加者にはさぞご迷惑をかけたことと思う。とくに事務局を預かる田中さんには、ことの外ヤキモキする思いをさせたことだろう。記してお詫びする次第である。

さて、本報告書の執筆は、以下のようにして進めた。日雇労働者・野宿生活者問題に直接関わる活動をしている研究会参加者に、それぞれの施策・事業内容についての原稿をいただいた。具体的には、第2章2・3節、第3章3・4・5・6節の各部分である。中山氏と福原が、全体のバランスを考慮してこれらの原稿に手を加える形で原稿を執筆した。また、第3章2節は中山氏が執筆し、それ以外のところはすべて福原が執筆した。
第5章の政策提起は、この2月に出された「あいりん総合対策検討委員会」の報告書をベースとしている。その理由は、大阪市・大阪府がとりあえず了承した施策であること、また連合大阪代表も検討委員として名を連ねていることにある。すなわち、とりあえず合意形成の可能なところで本報告書もまとめようとしたということである。ただし、検討委員会報告書で触れられていないいくつかの論点についても、必要と思われるところは触れたつもりである。
また、日雇労働者や野宿生活者の存在を、理論的に少し整理しようと努めたところに、本報告書の特徴があるといえよう。それによって、今日必要とされている政策の根拠を明らかにしたつもりである。しかし、こうした意図が成功しているかどうかは、読者の批判を待つしかない。

労働組合員の方々とこれほど真剣で白熱した議論を行ったのは、私にとっては初めてであり貴重な体験であった。こうした活発な議論に支えられて、報告書が出来上がったのである。座長として、研究会参加者全員に、心よりお礼を申し上げる次第である。
最後に、この報告書が連合大阪の多くの組合員に理解され、連合大阪がこの問題の解決に向けて大いに貢献されることを、熱く期待するものである。