(注1)
「あいりん(あるいは、愛隣)」という名称は、町名としては存在せず、1966年以降行政上の呼称として使われてきた。しかし、「あいりん地区」に対しては、かつての地名であった「釜ヶ崎」という呼称が今日でも広く使われている。したがって、この報告書では、基本的には「釜ヶ崎」を使うこととし、どうしても必要である場合についてのみ「あいりん地区」を使う。なお、釜ヶ崎の沿革等については、巻末の<資料1>を参照していただきたい。
これから連合大阪として、釜ヶ崎の日雇労働者、労組・ボランティアなどの運動団体、日常の仕事として関わっている労働者との関係を大切にしながら、この報告書に沿って運動を進めて行きたいと考えます。