3.「公園の金網」と「新今宮小中学校跡地」
についての労働者の意見
公園の金網についてどう思うか
この問に対する自由回答を事後的に大分類したものが表8である。金綱の存在を否定・拒否する者、143人のほぼ6割に当る83人、肯定する者18人(12%)で、拒否する者が大多数を占めている。残りは「わからない」と無回答である。
| 人数 (%) | |
| よくない (マイナス=イメージ) | 83人(58.0) |
| よ い (プラス=イメージ) | 18人(12.6) |
| 考えたことない(D.K.) | 20人(14.0) |
| N.A. | 22人(15.4) |
計 |
143人(100) |
拒否の理由をみると、「あかん」「公園らしくない」「ない方がよい」と軽い反対理由を上げている者が多い。ついで「有効に使えない」「子供に開放してほしい」等と公園の機能的活用を、金網の存在が妨げていることを挙げているのがかなり目立った。
「あれは差別、朝鮮人・韓国人差別と同じナンセンス」(男41才、埼玉出身)「グロテスク、行政上やむを得ずというのがまかり通っている」(男大阪出身)「よくない、子供の教育上よくない、子供の遊び場として解放したらよいのに。とにかくおかしい、雰囲気がわるい」(男69才、九州出身)と理由を挙げ、金網の存在は「釜ヶ崎」に対する社会的・行政的差別であると、強い拒否の姿勢を示している者が数人いる。
金網の存在を肯定する者は全体からみればごく少数派である。ここでもその理由は「あってもいい」「ある方がよし」「必要」といった程度の理由が多いが、なかには「子どものためには金網はる方がよい」(男56才、愛知出身)「当然だと思う。ガラの悪い者がいる」(男58才、鹿児島出身)「あんこが入らないように」(男30才)というように、労働者や酔っぱらいがいて、子どもが遊ばれないという理由が目立つ。それに、「釜ヶ崎」という土地柄から仕方ないとの意見もある。
「新今宮小中学校の跡地」
新今宮小中学校の認知についての結果は、表9である。「知っている」と答えた者143人のうち113人でほぼ8割となっている。移動の激しい、比較的地縁の薄い「釜ヶ崎」の労働者という状況を考えれば高い認知度といえるかも知れない。また「跡地利用」に対する関心や期待が予想外に高いことの反映とも考えられる。
| 知っている(%) | 知らないい(%) | N.A. | 計 |
|
| 20才代 | 6人(100) | 0人(0.0) | 0人(0.0) | 6人(100) |
| 30才代 | 14人(35.3) | 1人(5.9) | 2人(11.8) | 17人(100) |
| 40才代 | 32人(84.2) | 5人(13.2) | 1人(2.6) | 38人(100) |
| 50才代 | 27人(75.0) | 5人(13.9) | 4人(11.1) | 36人(100) |
| 60才代 | 10人(83.3) | 2人(16.7) | 0人(0.0) | 12人(100) |
| 70才代 | 4人(80.0) | 0人(0.0) | 1人(20.0) | 5人(100) |
| 不 明 | 20人(69.0) | 8人(27.6) | 1人(3.4) | 29人(100) |
計 |
113人(31.5) | 21人(14.7) | 9人(6.3) | 143人(100) |
ついで、「では跡地をどう使ったらよいか」という自由回答を求めたところ様々な意見が出されている。なかには中国残留帰国孤児のセンターをという奇抜な提案があったが、大方は子どもか大人・労働者のための施設をという声であった。
そこで厳密ではないが、
@「子どものための施設」
A「子どもと大人のための施設」
B「大人のための施設」
C「その他」
に大分類して集計した結果が表−10である。
| (1)子どもの施設 | 23人 | 遊び場、幼稚園、教育施設など |
| (2)子供と大人の施設 | 30人 | 生活センター、運動場、公園など |
| (3)大人の施設 | 43人 | 宿泊所、娯楽場、文化センターなど |
| (4)その他 | 7人 | 認定窓口、中国帰国者施設など |
| (5)D.K. | 9人 | |
計 |
113人 |
一番多かったのは「大人のため」という意見で43人であった。そして、その内容をみると安い宿泊所(17人)、娯楽・文化センター(12人)というのが特に多い。
二番目は「子どもと大人のため」で30人がこの意見を挙げている。この中では「生活センター」構想に賛同の意を示している者10人で目を引く、
三番目は「子どものみのため」で23人、遊び場としてが12人で最も多い。
こうした結果をみると「釜ヶ崎」の大人・労働者は「新今宮小中学校の跡地問題」についてよく知っており、そして、それが子どものためであれ、労働者のための施設であれ、その有効利用を望み、強い期待をもっていると読みとれよう。
