テレビ東京番組制作局 「浅草橋ヤング洋品店」制作担当者殿

「ヒッピーはヤッピーになれるか」を考える会

釜ヶ崎差別と闘う連絡会議 代表 金井 愛明・代表幹事西岡 智
釜ヶ崎高齢日雇労働者の仕事と生活を勝ち取る会 共同代表 中尾春男・藤原 昭・本田次男
釜ヶ崎日雇労働組合 委員長 山田 実
釜ヶ崎連帯会議 代表 前田秀夫
笹島日雇労働組合
寿日雇労働者組合
土方 鉄 (作家)
沖浦和光 (桃山学院大学)
八木 正 (大阪市立大学)
八木晃介 (花園大学)

 テレビ東京で制作・放映されている番組「浅草橋ヤング洋品店」の中に「ヒッピーはヤッピーになれるか」というコーナーがあります。

私たちが見たところでは、「浅草橋ヤング洋品店」という番組は20歳前後の若者を主な視聴者として想定している「ファッション番組」であると思えます。

放映のスタイルは、ビデオ編集された映像を特定の会場に集まった人々の笑い声などと一緒に流し、より一般視聴者を同調しやすくする、現在のテレビ界では主流の方法がとられています。

「浅草橋ヤング洋品店」は様々なコーナーから成り立っているようです。その中で何回か続いている企画に、数名のファッション・コーディネータが、それぞれ一人づつ、街で見付けた若者に声をかけて協力を求め、ジャケットや身に付ける小物などを選び、その若者の身に付けさせた結果を比較して「優劣」を競うコーナーがあります。

また、単独の企画かどうか確認できませんが、顔の整形手術をした女性数名を紹介し、点数を付けるというコーナーもありました。

私たちがここで特に問題として取り上げている「ヒッピーはヤッピーになれるか」というコーナーは、東京や大阪の公園で野宿している人々を対象としたものです。

二人(司会者とコーディネータ)が公園で協力者を探します。

司会者は工事用防水シートをテント様に張った中に坐っている人に声をかけながら、缶ビールを突き出します。
次のテントの中に坐っている人にはタバコを突き出しました。
川の側、石のベンチに横になっていた人は、手を振り「ほっといてくれ」と拒否したにもかかわらず、のぞきこむようにカメラが近づいていった。
番組の名前は、その時々によって司会者が適当に伝える。橋の下でテントの中に声をかける時には、「一つ橋の下で、という番組ですが」というように。それに笑い声がかぶさる 。

ある公園で、ベンチに腰掛けていた人が「変身」してもいいと言った。風呂に入り、散髪する場面。そして、着替えした姿。
一本の樹の後を通り過ぎるまでは着替え前の姿、通り過ぎると着替えた姿。樹の後に姿を隠し、右に上半身を現すと着替えた姿。左に上半身を現すと着替える前の姿。2〜3度繰り返される。その度に笑いがかぶさる。
道を歩く。「高級車」が迎えにきたかのように停車するシーン。
終わりに、司会者が最初に声を掛けたベンチの側で聞く、「これから、どうします」、ベンチを指しながら「ここに坐ります」、司会者、驚いたように、「また、ここにすわるんですか、(カメラにむかって)ここに坐るんですて」ー爆笑ー  

3年前に会社をやめて野宿しているという人は、「変身」を了承。その時、司会者が現在の政治について聞く、「老人がキャスティング・ボートを握るのは許せない」、司会者大げさに驚き「キャスティング・ボート、難し過ぎて私にもわからん」ー爆笑ー、
これは、あなどりがある。また、取材日時を明示していないので、司会者の反応から答えた者が本当はよく分かっていないのに、分かってるフリをして話したように見える。放映は首相候補細川氏確定後、しかし、取材が後藤田氏の名前が取り沙汰されているときなら、理解できる答えである。
「変身」後、その人は自分の姿を鏡で見て、以前の自分を思い出すと言い、職安に行って仕事を探すと行った。喜ぶ司会者とコーディネータ。橋を渡るその人の姿を下からとらえる。「美しい話」である。
では、ベンチに座り続けた人は…。また、橋を渡っていった人のその後は…。

私たちは、そのコーナーに野宿を余儀なくさせられている人々に対する差別を見ました。

同時に視聴者の多くに、野宿者に対する差別・偏見を植え付けるものであるとも認識しました。

「浅草橋ヤング洋品店」制作担当者に野宿者に対する悪意があってあのコーナーを考えられたとは思っていませんが、私たちの中の何人かが電話で差別性を指摘した後でも同コーナーが放映されていることから、番組担当者と私たちの考え方とに大きな違いがあることは明らかだと思います。

世の中、多様な考え方・判断があって当然とは思いますが、他者と共生する社会に生きる者誰しも、常に他者との相違について相互の点検と変革がせまられます。

特に社会的に大きな影響を及ぼす立場にある者は、その立場ゆえに自己の考え方・判断について常に自己検証をする責務も大きいと考えます。

差別についての指摘は、とりわけその責務を大きく突き付けるものであることについては、同意いただけることでしょう。

私たちの指摘が独善的なものである恐れもあるわけですが、下記に基づき対話を始めてくださいますよう、お願い申しあげます。


記 

(1)私たちが「野宿者」と呼び、番組で「ヒッピー」と呼ばれている人々は、社会的に見て同一の層に属していると考えていますが、
番組で「ヒッピー」とレッテル付けられている人々はどのような人々であると認識されているのでしょうか。

(2)「浅草橋ヤング洋品店」の中で、道行く若者に声をかけて協力を求め、衣装を変えるコーナーがあります。
その若者たちと野宿者との違いはどのようなものだと考えておられますか。

(3)若者たちが衣装変えした後については、見るものから感嘆・驚きの声があがりますが、野宿者の衣装変え後には、それらの声とともに笑い声も多く聞こえます。
見るものの反応が違うように私たちは感じました。あなたたちは、気付いておられましたか。
その反応の違いが現れる理由についてどのようにお考えでしょうか。

(4)若者たちの衣装変えの前には風呂に入ったり、散髪をしたりといった場面はありませんが、野宿者の衣装変え前には散髪や入浴のシーンがあります。
なぜですか。放映するについてどのような必然性があったのでしょうか。

(5)若者たちに依頼の声をかける場面では見られませんでしたが、野宿者に声をかける場面では、声をかけながらタバコを差し出したり、缶ビールを突きつけるように差し出している様が写しだされていました。
通常、初対面の人にタバコや缶ビールを突き出しながら話かけるという態度は失礼なことと判断されると思いますが、なぜ、そのようなアプローチのしかたを選ばれ、且つ、放映されたのでしょうか。

(6)野宿者に声をかけるにあたって、時として番組名をこしらえあげて伝えている場面が放映されていました。
例えば、橋の下で野宿している人ー人物はでなかったがーには「一つ橋の下で、という番組ですが」というように…。これは、見る人たちの「笑い」をとることを目的として故意になされているように受け取りました。現に「一つ橋の下で」では笑い声がかぶさっていました。
あの「笑い」は何に向けられたものだとお考えですか。
「一つ屋根の下で」の言葉上のもじりだけとは、私たちには考えられません。

(7)「ヒッピーはヤッピーになれるか」という名がコーナーにつけられていますが、衣装変えだけでアメリカのエリート・サラリーマンとされる「ヤッピー」になれると判断されて取材・制作されたのでしょうか。
制作・放映意図についてお伝えください。また、衣装変え以外に野宿者とどのような関わりを持たれましたか。

(8)衣装変えについては、同意を得られた人のみおこなわれたようですが、放映についても同意を確認されていますか。その同意はどのように交渉され、どのような条件を提示して得られたのでしょうか。

(9)個人から同意を得た映像について放映することは、なんの問題も引きおこさないと通常判断されます。
しかし、個人の立場によって、放映された内容の影響も違ってくると考えます。
例えば、人によく知られたいわゆる有名人の場合、放映されたことから生じるその人へのイメージ・見た者の判断は、その有名人個人に結び付けられて、第一義的には得られた情報の多くはその人の個性として認識されます。

そうでなく、名が伝えられても意味を持たず、その場一回限りしか伝えられない人ー匿名性の高い人ーの持たらすイメージ・情報は、特定の個人に結び付けられて認識されるのではなく、
その人の持つ社会的属性の中で特に目立つものに結び付けられて、見た者の中に認識されます。

見た者の中に認識された内容は、有名人の場合は、その有名人個人に関わって思い起こされますれますが、匿名性の高い人の場合は、その人個人に再び関わりあうことはほとんど考えられず、見た者の中に形成された認識の多くが情報源となった匿名性の高い人の社会的属性に結び付けられて思い出されることになります。

従って、匿名性の高い個人を情報として不特定多数に流す場合、その人も含まれる社会的層に対するリアクション・影響についても考慮されなければならないことになります。

私たちは、野宿者を一つの社会的層をなしている人々と認識しています。それゆえ、番組で造られ、伝えられたメッセージの影響は、野宿者全体に及ぶと考えています。番組担当者各位はどのようにお考えでしょうか。

(10)最後に、1983年に社会的に明らかにされた、「横浜・寿町の野宿者襲撃事件」をご存じでしょうか。どのような「事件」として知っておられるかお伝えください。