1993年11月17日

「ヒッピーはヤッピーになれるか」を考える会各位

株式会社テレビ東京 常務取締役制作担当
テレビ東京「人権・放送倫理委員会」委員長 倉益琢眞

「浅草橋ヤング洋品店プロデューサー伊藤成人


[「ヒッピーはヤッピーになれるのか」コーナー放送までの経緯と反省]

 テレビ東京の責任において制作し、テレビ東京系列(大阪地区ではテレビ大阪)で放送している番組「浅草橋ヤング洋品店」の「ヒッピーはヤッピーになれるのか」コーナーについて、今般貴会からその差別性についての指摘がありました。
このコーナーは、本年6月から8月にかけて断続的に同番組の中で放送した企画であり、その内容は、東京や大阪の公園で野宿している人びとに、「ヤッピーに変身してみませんか」と協力依頼をし、専 門家がヤッピーのファッションをコーディネイトするというものでした。

「浅草橋ヤング洋品店」は、日常服・庶民服をテーマとした、若者たちを対象とするファッション・バラエティー番組であります。本来の企画趣旨は、ファッションとはそれぞれの生き方の表現であり、高価なブランドにこだわるのでなく、安くしかも個性的な着こなしを提案する、というものです。

本番組では、その趣旨にもとづいて、社会のあらゆる、様々な人々のファッションを取り上げてまいりました。

本番組は、テレビ東京が示した方針にもとづいて、制作プロダクションの演出家・構成者が原案を作成、テレビ東京プロデューサーが最終チェックの上、放送するという手順を踏んでいます。

また、テレビ大阪は、テレビ東京から送られてきた電波を受けて、そのまま同時放送しています。

「ヒッピーはヤッピーになれるのか」コーナー企画も、その手順で作られました。

それまで放送していた「街角のいい味おやじファッション」コーナーの後企画として原案が作られ、スタッフ会議に計られるなかで、「問題がある」とした意見も複数出されましたが、「社会のあらゆる人々に分け隔てなく登場してもらうことが番組の精神であり、ことさらに避けて通ること自体が偏見である」として、取材対象本人の承諾を条件に、実施さ れました。

 このコーナーの趣旨は、決して「ヤッピー」が素晴らしいなどと謳うものではなく、人にはさまざまな生き方があり、そのいずれもがかけがいのない尊いものである、見かけや社会的地位によって、人間の価値は決まらない、とするものでした。

本番組は、女子高生から20代の女性を視聴者の中心とする、バラエティー番組であります。報道・ドキュメンタリー番組のごとく正面から日本社会の問題を取り上げるのではなく、笑いや娯楽的な演出を通じて社会を映し出すジャンルであります。

この種バラエティー番組の中に、互いに親しく交わり親しく笑い合う者同士として登場願うことは、まさに、野宿する人を「異質な違う存在」と捉えがちな世代を対象とする番組であるが故に、避けるべきではない、と判断したものです。

しかしながら、放送後、視聴者および社内から数多くの批判が寄せられ、さらに貴会からの指摘を受けましたが、その間社内で十分な検討を行うことなく、8月8日放送をもってこのコーナーは予定通り終了いたしました。

本企画について、貴会から10月5日および10月26日の集会に於いて示された指摘にもとづいて私たちが再検証した点は、以下のとおりです。


基本的認識の誤り。

私たちは次の各点で、基本的認識を誤っておりました。

1、「ヒッピーはヤッピーになれるのか」設定の差別性

このタイトルが象徴しているように、この企画は最初から、衣装替えのみでは「ヒッピー」が「ヤッピー」になれないことを承知しておりながら、社会にある野宿労働者への差別意識(落伍者と考えるなど)におもねって笑いを作ろうとしたものでした。

私たちは、「ヒッピー」を60年代、管理社会の束縛を離れ、自由な生き方を求めて放浪する人々、と規定し今回の企画タイトルとしました。しかし、野宿者をそのように規定することは、時代的にも、社会的にも意味をなさないナンセンスなことでありました。

釜ケ崎の皆さんに指摘されたとおり、私たちには、野宿を余儀なくされている労働者が数多く存在する、という社会的・経済的背景への認識が欠落していました。

野宿している人々 は、決して自由な生き方としてそうしているのではなく、日本の労働情勢がその事態を生んでいるという構造に対する認識が、全く欠けていました。視聴者に、仕事せずに勝手気ままに野宿して暮らしている人たち、といった誤解を与える内容でありました。

2、制作者の差別意識

制作者の基本的姿勢のなかに、野宿者に対する差別意識が内在していたと言わざるをえません。そのため企画意図と、制作された番組内容とのあいだに、大きな隔たりがありました。

具体的には、取材協力依頼の際に差し出すカップ酒や煙草、シャワーや散髪、スタジオ観客の笑い声などが差別的であると指摘されました。

たしかにバラエティー番組には笑いは不可欠であり、本番組もほぼ全編スタジオ観客のリアクションの笑いが入っていま す。しかし、笑いをとる必要があったにしろ、リアクションの笑いに様々なニュアンスがこめられていたにしても、実際には嘲笑ともいえる笑いが多く含まれていたことは否定できません。

通常の取材でも、現場で協力謝礼は渡します。が、その謝礼品によって相手がどんな反応を示すかを目的として渡すことはありません。シャンプーなども、ヘアーメイクとしてだけでなく、それまでに如何に入浴していないかを物語るものとなります。親しみをこめた仕草が、優位から見下す行為ともなることもまた事実です。

野宿する人々をこのように傷つける行為は、タレントに指示・命令を出している私たち制作者に潜む差別意識の結果であると考えます。

野宿者を笑いの対象とする差別意識が前提としてあった企画であると自己切開せざるをえません。

さらに、取材対象本人の承諾を得ていても、そこで描かれたイメージは、そのまま社会層としての野宿者全体のイメージとして受けとられます。この差別はその社会層全体に向けられたものである、とする貴会の指摘とおりであります。

3、、マスメディアとしての社会的責任

私たちはさきの制作意図のなかで、あらゆる人々のファッションを分け隔てなく取り上げることの意義を申し述べました。

しかしながら、野宿労働者の服装は個人の趣味や選択の問題としてあるのではなく、背景として社会的な条件に規定されているということに無理解でありました。

互いに等しく交わるためには、背景として社会的・歴史的平等が保障されていることが前提でありました。

バラエティー番組は、娯楽としての笑いを演出する番組ではありますが、報道・ドキュメンタリー番組よりさらに厳しくモラルを問われるジャンルであります。

人間の尊厳を犯したり、弱者を傷つけることは、最も指弾されるべき行為です。今回の問題は、そのモラルを逸脱したものであるといわざるをえません。

4、制作点検における人権感覚の欠如

マスメディア、マスコミ機関としてのテレビの及ぼす社会的影響は、甚大なものがあります。その立場にあるものは、自己の考え方・判断について常に自己検証すべき重い責務を負っていることは指摘のとおりです。

いかなる制作意図があろうと、誤った認識のもとに作られた番組内容が差別・偏見を発生せしめたことは、私たち制作者が、自己の社会的責任と、自己に潜む差別意識への点検を怠った結果であります。

また、日本経済新聞10月18日付記事によれば、不況下の釜ケ崎では野宿するひとが、3年前の3倍に増えていると報道されています。こうした現状への認識が不十分なまま番組を制作したことは、釜ケ崎をはじめとして、野宿を余儀なくされている人々すべてに対する偏見と誤解を助長させるものでありました。

ここに、深い反省とお詫びの意を表するとともに、かかる事態の再発生防止のため以下の取組みに努める所存です。


[今後の社内の取り組]

テレビ東京内に組織されている「人権・放送倫理委員会」、およびテレビ大阪に組織されている「人権問題研究推進委員会」において次のことを確認いたします。

@今回の「浅草橋ヤング洋品店」の中の「ヒッピーはヤッピーになれるか」における問題は、局として人権問題、差別問題への取り組みの脆弱さから発生したものと自覚すべきである。

A今回の問題は、野宿者が当面する社会情況の認識の欠如、制作者みづからの優位性が前提となっているがため発生したものである。 何が差別なのか本質が正しく認識されていなければ、今回のような事件はくり返し起き得る性格のものである。差別を言葉だけの問題で捉えるのではなく、みづからの中に潜む差別意識を不断に自己検証し、正しい認識と意識で捉えなければならない。

Bネットワーク局間においては、番組内容の相互チェックを行ない、差別的な内容などが発生した場合、直ちに制作担当局へ問題点を指摘し、訂正する体制を強化する。

本委員会は、この事実を全社員および番組に関わる社外のスタッフに報告し、本委員会みづからの反省とともに、差別撤廃のために努力する。

研修内容については、実施後、報告いたします。

「共同討議をおえての要望」に対する回答

[要望]

@私たちの指摘について「社」としての見解をまとめられ、文書で私たちに伝えられたい。

 (回答)別紙文書にてお答えいたします。

A私たちの見解全てに納得するしないにかかわらず「浅草橋ヤング洋品店」の番組の中で、私たちが指摘した内容を紹介されたい。

(回答)この番組の中で貴会からのご指摘の内容を紹介いたします。 文面については改めてご相談申し上げます。

文案

この夏放送した「ヒッピーはヤッピーになれるの か」企画について、多くの方々とりわけ大阪・釜 ケ崎日雇い労働者の皆さんから、「野宿をせざる を得ない労働者に対して差別意識をもった笑いの 企画であり、野宿者差別を助長するものである」 との指摘がありました。 番組制作者は、指摘どおりの内容があったことを 認め、ここにお詫びいたします。

B同コーナーの放映分すべてについて誤解なく問題点を双方で確認できるよう、当方に提供されたい。

(回答)先般ご説明したように、すべてのテレビ番組は放送以外の目的で使用しないというのが、テレビ業界の鉄則であります。理由は、我々の自由な取材を保証するための守秘義務および著作権上での問題であります。これはいかなる例外も許されないと考えております。

C意見交流の結果、野宿者差別をいささかでも助長したと言う認識を得られたのであるならば、それを訂正するための努力、企画を立てられたい。

(回答)今般、私たちが日雇労働者および野宿者の実態をいささかでも認識したという点から、あくまでも私たちの自主性において、差別をなくすためニュース報道番組などでの企画・立案を検討したいと考えております。

D10月5日に引き続き集会を持ってほしい。

(回答)すでに10月26日、引き続き集会に出席し話し合いを行いました。

E集会の様子をテレビ大阪のニュースで伝えてほしい。

(回答)テレビ大阪としては、今回学んだ日雇労働者の実態について人権問題推進委員会を通じて社内の認識を深めるよう一層努力するとともに今後のニュース・報道・番組制作活動に反映させていきたいと考えております。

以上

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